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2014.07.02

子供の手

今、庸三は別にそれを当てにしているわけではなかったけれど、葉子と別れるには、そうした遊び相手のできた今が時機だという気もしていたので、葉子を迎えに行くのを怠けようとして、そのまま蚊帳のなかへ入って、疲れた体を横たえた。彼はじっと眼を瞑ってみた。  葉子とよく一緒に歩いた、深い松林のなだらかなスロオプが目に浮かんで来た。そこは町の人の春秋のピクニックにふさわしい、静かで明るい松山であった。暑さを遮ぎる大きな松の樹が疎らに聳え立っていた。幼い時の楽しい思い出話に倦まない葉子にとって、そこがどんなにか懐かしい場所であった。上の方の崖ぎわの雑木に茱萸が成っていて、萩や薄が生い茂っていた。潮の音も遠くはなかった。松の枝葉を洩れる蒼穹も、都に見られない清さを湛えていた。庸三も田舎育ちだけに、大きい景勝よりも、こうしたひそやかな自然に親しみを感じた。二人は草履穿きで、野生児のようにそこらを駈けまわった。  葉子の家の裏の川の向うへ渡ると、そこにも雪国の田園らしい、何か荒い気分のする場所があって、木立は深く、道は草に埋もれて、その間に農家とも町家ともつかないような家建ちが見られた。葉子はそうした家の貧しい一軒の土間へ入って行って、「御免なさい」と、奥を覗きこんだ。そこには蝋燭の灯の炎の靡く方嚮によって人の運命を占うという老婆が、じめじめした薄暗い部屋に坐りこんでいて、さっそく葉子の身の上を占いにかかった。彼女はほう気立った髪をかぶって、神前に祈りをあげると、神に憑かれているような目をして灯の揺らぎ方を見詰めていた。 「東の方の人をたよりなさい。その人が力を貸してくれる。」武蔵野市 歯科

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