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2014.06.25
正面の特等席
恐ろしい叫び声が聞えて、一人の紳士が曲馬場の中央に駈け出して来ましたが、どうした訳か狂人のようになっておりました。それを楽屋から見付けたハドルスキーさんが駈け出して行って抱き止めますと間もなく又、曲馬場の外で、馬の嘶き声と板を蹴る音が聞えましたから、楽屋の人は皆駈けつけました。女の人も皆、楽屋から出て来て見ておりましたが、その中に一匹の黒い馬が厩から飛び出して、跳ね狂いながら楽屋の方へ来ましたから、女の人たちは驚いて、泣き叫びながら曲馬場の方へ逃げて参りました。それと一緒に見物の人達が大勢、見物席から駈け出して参りましたので、その騒ぎに紛れて嬢次様は、楽屋に這入って行かれました」
「鞄の錠前は壊れていたでしょう」
「壊れた錠前を開ける位のことは嬢次様にとって何でもないのでございましょう」
「どうしてわかりますか」
「でも直ぐに黒い鞄を取って来られましたもの……」
「貴女はその中のもの知っておりますか」
「はい。存じております。中には絵葉書が一杯入っておりました。嬢次様はそれを妾にお見せになりまして……この絵葉書は、亜米利加の市俄古で見物に売った残りだ。私はこれを座長のバード・ストーンさんに貰ったのだ。これさえ隠しておけば、ほかに私の写真は一枚もないのだから、警察へ頼んでも私を探すことは出来ない……と云われました」
「……悪魔……」
とストーン氏は突然に調子の違った声で云い放って舌打ちをした。恋のために盲目になった女が如何に手に負えぬものであるかをしみじみと悟ったらしい……と同時にストーン氏の態度から、今までの紳士的な物ごしが消え失せて一種の野蛮的な、無作法な態度に変って来た。新宿駅東口徒歩2分の美容院